ポストドラマ演劇の現在地:物語を超えた舞台表現の最前線、ロンドン・NY・アヴィニヨンからの報告
はじめに:ポストドラマ演劇とは何か
現代演劇において、伝統的な物語構造や登場人物によるドラマに依拠しない舞台表現が増加しています。この現象を理論的に体系化したのが、ハンス=ティース・レーマンが提唱した「ポストドラマ演劇」という概念です。ポストドラマ演劇は、物語の再現よりも「プレゼンス(現前性)」や「イベント性」を重視し、テキスト、身体、空間、音響、視覚要素などが多層的に織りなす「上演」そのものに焦点を当てます。観客は単なる傍観者ではなく、舞台上で展開される出来事の共犯者、あるいはその生成過程を体験する存在として位置づけられます。
本稿では、ロンドン、ニューヨーク(NY)、そしてアヴィニヨンという世界の演劇シーンを牽引する都市やフェスティバルにおいて、ポストドラマ演劇がどのように受容され、進化しているのか、その具体的な様相と批評的視点を探ります。
ポストドラマ演劇の主要な特徴と批評的視点
ポストドラマ演劇は、単一の明確なスタイルを持つわけではなく、以下のような多様な特徴が複合的に現れることが一般的です。
- 脱構築された物語: 従来の起承転結を持つ物語構造が解体され、断片的なシーン、非線形な時間軸、複数の視点が提示されます。
- 上演性の強調: テキストの優位性が崩れ、俳優の身体、舞台装置、照明、音響、映像などの舞台芸術の各要素が独立した表現力を持つと同時に、相互に作用し合います。
- 観客の関与: パフォーマンスへの直接的な参加を促したり、観客の解釈に委ねられる余白を大きくしたりすることで、受動的な鑑賞ではなく能動的な体験を促します。
- 異ジャンルとの融合: ダンス、美術、音楽、インスタレーション、デジタルメディアなど、他分野の表現手法が積極的に取り入れられ、境界が曖昧になります。
- 現実との接続: ドキュメンタリー的要素、時事問題への言及、日常生活からの引用などが盛り込まれることで、舞台と現実世界との間に新たな関係性を築こうとします。
これらの特徴は、演劇が単なる物語の再現装置ではなく、現実世界を映し出し、あるいは批評的に介入する多義的な「場」としての可能性を追求する試みであると言えます。
ロンドンにおけるポストドラマ演劇の潮流
ロンドンは伝統的な古典演劇の牙城であると同時に、実験的な舞台表現を積極的に受け入れる土壌も持ち合わせています。ナショナル・シアターやバービカン・センターといった主要劇場が、国際的なアーティストを招聘し、ポストドラマ演劇の要素を取り入れた作品を上演する機会が増加しています。
特に、若手カンパニーやフリンジ・シアターのシーンでは、テキスト中心主義からの脱却が顕著です。例えば、immersive theatre(没入型演劇)の隆盛は、観客を物語の世界に引き込み、能動的な役割を与えることで、ポストドラマ演劇が目指す観客体験の再構築を具現化しています。Punchdrunkなどのカンパニーは、観客が自由に空間を探索し、自分自身の物語を構築する形式を通じて、ドラマの解体と新たな上演の可能性を提示しています。また、Brexitや社会問題への批評的視点を、ドキュメンタリー的手法や身体表現を交えて提示する作品も多数見受けられます。
ニューヨーク(NY)におけるポストドラマ演劇の展開
ニューヨークの演劇シーンは、ブロードウェイの商業演劇と、オフ・ブロードウェイやオフ・オフ・ブロードウェイの多様な実験演劇が共存しています。ポストドラマ演劇の動きは、主に後者の領域で深く根付いています。
ザ・ウースター・グループ(The Wooster Group)のような長年にわたり活動するカンパニーは、既成のテキストの断片化、マルチメディアの使用、俳優の身体と声の徹底的な操作を通じて、ポストドラマ演劇のパイオニアとしての役割を果たしてきました。彼らの作品は、物語の線形性を崩し、記憶、歴史、メディアの表象といったテーマを多角的に探求しています。また、PS122やラ・ママ・エクスペリメンタル・シアター・クラブなどのベニューは、新進気鋭のアーティストがポストドラマ的なアプローチを試みる重要なプラットフォームとなっています。近年では、観客との境界を曖昧にするインタラクティブな作品や、現実空間を舞台とするサイトスペシフィックなパフォーマンスも増加しており、演劇が日常生活に侵食する新たな形を模索しています。
アヴィニヨン演劇祭におけるポストドラマ演劇の重要性
フランスのアヴィニヨン演劇祭は、世界で最も権威ある国際演劇祭の一つであり、特にヨーロッパの現代演劇における実験と革新の最前線を示しています。ここでは、ポストドラマ演劇が単なるトレンドではなく、演劇の批評的探求の中核として深く根ざしています。
フェスティバルでは、テキストの朗読に身体性やヴィジュアルアートを融合させた作品、社会的・政治的テーマを扱うドキュメンタリー演劇、あるいは演劇とダンスの境界を越えるパフォーマンスが数多く紹介されます。例えば、ベルギーの演出家ヤン・ファーブルやドイツのフォルクスビューネ劇場といった、ポストドラマ演劇の代表的な担い手たちの作品は、アヴィニヨンで繰り返し上演され、国際的な注目を集めてきました。彼らの作品は、身体の極限的な使用、時間の引き延ばし、視覚的な挑発を通じて、観客に強烈な美的・知的な体験をもたらします。アヴィニヨン演劇祭は、このような作品が国際的な対話を生み出し、ポストドラマ演劇の理論と実践が相互に影響し合いながら発展する場を提供しています。
結論:物語の彼方へ向かう演劇の多様性
ロンドン、ニューヨーク、アヴィニヨンにおけるポストドラマ演劇の展開は、現代演劇が伝統的な物語の枠を超え、より広範な表現の可能性を追求していることを明確に示しています。これらの都市では、単に物語を語るのではなく、「今、ここで」何が起こっているのかという現前性、そして観客との間に生まれる具体的な「体験」に重きを置く作品が、重要な位置を占めています。
ポストドラマ演劇は、既存の演劇概念に疑問を投げかけ、新たな批評的対話と創造的な実践を促す力を持っています。その多様なアプローチは、観客にとって時には戸惑いを伴うかもしれませんが、それこそが現代社会の複雑さや多義性を映し出す鏡として、演劇が持つ固有の役割を再定義する試みであると言えるでしょう。今後も、これらの都市の演劇シーンは、ポストドラマ演劇のさらなる深化と進化を見守り、その動向を注視していく必要があります。